〈コンセプト・特色〉
「会話の広がる空間づくり」をコンセプトに、見る人皆が楽しめるアートを制作
〈運営主体について〉
静岡大学発ベンチャー企業「株式会社スプレーアートイグジン」
高齢者が過去を回想することで精神の安定を図る心理療法に、「回想療法」があります。現在、ミッケルアートは回想療法のツールとして、国内200カ所以上の介護施設・医療機関に導入されています。 ミッケルアートは、認知症の周辺症状の緩和に一定の有効性があると評価され、2013年の日本認知症ケア学会で石崎賞、2014年の日本認知症予防学会で浦上賞を拝受しました。弊社といたしましては、認知症予防につながることはもちろん、まずは皆様にアートを楽しんでいただけることを第一に制作しています。ご利用者だけでなく、職員の方も、ともにお楽しみいただけるような仕様を心がけています。
〈取り組みをスタートした時期〉
2010年
〈取り組みのきっかけ〉
とある有料老人ホームの壁画制作に携わったことがきっかけです。当時、弊社は社名にもあるようにスプレーアート中心のアート制作を行っており、その老人ホームの壁画もスプレーアートでした。壁画を制作しているときに、何気なく施設内のご利用者を見ると、居室と食堂を行き来するだけの生活が見られました。
そんなとき、一人のご利用者から「私、一日誰ともしゃべらない日があるのよね」と話しかけられたのです。その出来事を機に、さまざまな介護施設を見学する中で2つの課題が見えてきました。①ご利用者のコミュニケーション不足と、②職員の業務負担です。「この2点を同時に解決に導くことがアートでできたら……」と思い、考案したのが、ミッケルアートです。
〈持続させるための仕組みや工夫など〉
ミッケルアートを利用されている職員の皆様のご意見を、こまめにうかがっていることです。ミッケルアートは、「会話の広がる空間づくり」をコンセプトにしていますが、話すことが得意ではないご利用者が集まると、会話が始まりにくいときがあります。そのようなときは、ファシリテートできる職員の方の存在が鍵となるのですが、コミュニケ―ションをとることが苦手な職員の方はなかなかできないようです。
そこで後述するように、アート裏面に会話見本を付けたのですが、会話見本をつけることに至ったのは現場の職員の方からのご意見がもとにありました。些細なことですが、自分の声かけがきっかけで会話が広がることは、職員の方にとって自信につながります。
現場の管理職の方から「ご利用者との会話が増え自信をつけた職員が、ミッケルアート利用時以外の介護業務も円滑にできるようになった」とのお声をいただくと、ミッケルアートがご利用者と職員の信頼関係を築く1つの要素となっているようで、とてもうれしく思います。
このように、現場の方のご意見をこまめに伺っていく姿勢は今後も貫いていこうと思っています。
〈これまでに苦労したことと、それをどのように乗り越えてきたか〉
施設のご利用者が70~90 代のご高齢であるのに対し、職員様は 20~30代の方が多く、会話の共通点が少ないため、「ともに楽しむ」「会話を広げる」という仕様にするのに苦労しました。しかし、現場を見て回るうちに、難しいことは考えず、職員が知らないことやわからないことは「これは何ですか?」「教えてください」とご利用者に質問することが、逆に会話を広げるのではないかと思うようになりました。
ご利用者にとっては、若い人たちに「教える」というのも、うれしいようです。そこで、アートの裏面に新人スタッフの方でも使いこなせるよう簡単な会話見本を付けることにしました。ちょっとした声かけが会話のきっかけになるようで、職員からは「自然と会話が生まれるようになった」と好評です。
〈うまくいっていること、やってよかったと思うこと〉
ミッケルアートは、大きく3種類の仕様に分かれています。A3サイズのミッケルアートのA3版、A1サイズの壁に飾れるミッケルアートのA1版、映像として楽しめるミッケルアートの映像版です。
例えば、コロナ禍では密になることや運動不足が懸念されるようになりました。現場の方のご意見を仰ぎ、コロナ禍でも楽しめるミッケルアートの活用方法をヒアリングすると、多くの施設では、ご利用者が食事時間の配膳待ち時間を何もせずボーッと過ごしてしまっていることがわかりました。その時間を有意義なものにしたいと考えたホームは、A3サイズのアートをテーブルに置き、待ち時間をアートを楽しむ時間に変えています。
ご利用者の運動量の低下を懸念されるホームは、A1サイズのアートをエレベーターホール、エントランス、食堂の入り口などご利用者の生活の動線に飾ることで、施設内を楽しみながら散歩することができるようにされています。
映像版は、職員の業務負担軽減重視で作成しました。ナレーションが誘導していくことで、職員のコミュニケーションスキルに依存せずに活用できるのが特徴です。ご利用者が映像版を視聴されている間、職員は見守りしつつ、重度者の対応などをすることができるようになったようです。また、ミッケルアートは、地域に合わせた題材を提供することを心がけており、ホームのご希望を聞いてアートをお届けしています。
〈今後のビジョン〉
2019年に「子ども自ら考える力を育む」をコンセプトにした「ミッケルアートキッズ版」を考案いたしました。
現在26の園で活用されており、保育士の方から「子どもたちは毎月届くアートを楽しみにしています。絵を飾ると、子どもたち一人ひとりが自由にしゃべったり、感じたりしているようです。アートの力ってすごいなと感じました」という声をいただいています。
また、介護業界は人材不足という問題があり、外国人スタッフも多くの施設で活躍されています。アートは、言語に関係なく楽しめるものなので、言葉の壁を超えてご利用者と職員、職員同士のコミュニケ―ションを築くものとなり、互いの文化を知るツールとして有効だと考えています。ミッケルアートが世代や文化を超えた交流や、地域共生社会を築く一助となれば幸いです。
■事業名:ミッケルアート
■事業者名:静岡大学発ベンチャー企業・株式会社スプレーアートイグジン
■取材協力者名:橋口 論(株式会社スプレーアートイグジン代表取締役)
■事業所住所:〒432-8013 静岡県浜松市中区広沢2丁目38−7