〈コンセプト・特色〉
要介護高齢者、認知症の高齢者のリハビリテーションの動機づけを「旅行」で行い、成果につなげる事業
〈運営主体について〉
「株式会社エルダーテイメント・ジャパン」
デイサービスセンター4拠点、居宅介護支援事業所1拠点、保育園3拠点、児童発達支援事業1拠点を展開しています。ほかにグループ企業として、デイサービス、保育園に併設したカフェ・レストランがあります。
また、この法人で蓄積したノウハウをもとに、介護旅行を実施する3つの法人に呼びかけて「一般社団法人日本介護旅行サポーターズ協会」を立ち上げました。協会で養成する「旅行介助士」の資格を、介護事業に携わる社員全員が取得できるように進めています。
〈取り組みをスタートした時期〉
2010年3月6日
〈概要〉
「旅行に行けるカラダをつくる」というコンセプトで、45〜80名の中・大規模デイサービスを4拠点展開し、800名を超える高齢者が利用しています。施設内のリハビリテーションは、リハビリ専門職が中心となって行いますが、すべては「旅行に行くため」「あきらめたことを取り戻すため」に行われています。取り組みの特長は以下のようになります。
①旅行を目的にした機能訓練
すべての機能訓練が、「旅行」を目的としています。例えば、階段昇降は「観光バスに乗るため」とし、起き上がり訓練は「旅館の和室に宿泊して布団で寝るため」としています。ICFの考え方を前提にして、旅行や「あきらめた活動」を目標に、「担当者制」によって訓練の動機づけをしています。
②豊富なリハビリメニュー
理学療法士、作業療法士をはじめとした専門職が立案した豊富な訓練メニューを提供しています。それぞれのADLに合わせた訓練メニューです。
③年3回の旅行企画
機能訓練(リハビリ)の成果発表の場として、毎年3回の旅行を企画しています。「日帰り」「温泉宿泊」「遠方(海外、沖縄など)」の3つから、ADLや払える予算によって参加するコースを選んでいただいています。多くの方が「旅行に行くため」にリハビリをがんばっています(コロナウイルス感染拡大により、2020年は中止)。
④個人旅行・外出支援サポートサービス
旅行、お墓参り、外食などの外出を、「旅行介助士」の資格を持ったスタッフがサポートします。コロナ禍においても外出ニーズは高く、ウィズコロナ、アフターコロナにおいて期待できる事業です。
⑤「役割」を創出する仕掛け
4拠点のうち2拠点では、デイサービス内の「清掃」「保育園児への紙芝居の読み聞かせ」「洗濯たたみ」などで施設内通貨が稼げる仕組みがあります。稼いだ通貨は、併設のカフェなどで使えるようにしています。認知症利用者の利用も多く、ADL、QOL向上にとても大切な「役割」を創出する仕掛となっています。
また、1拠点では併設カフェの食事をテイクアウトできるようにしています。目的は、娘・息子家族と一緒に食事をする際に利用していただくことで、「ピザを買って帰ったら、孫に喜ばれた」などととても好評です。高齢になると、社会的欲求、承認欲求が満たされる機会が減少するため、その点を解消するために始めた企画です。
〈取り組みのきっかけ〉
創業者である私は、大手旅行会社のJTB出身で、高齢者の旅行会を長年担当していました。たくさんの旅行会を担当しましたが、どの会も年々、参加者が減っていきます。しかし、参加しなくなった方々は、旅行に行きたくないわけではありません。参加しなくなる理由は、足腰が弱くなることや、トイレが近くなることで「ほかの参加者に迷惑をかけたくない」ということでした。
旅行会社から大手コンサルティング会社に転職した後は、介護保険が施行された2000年だったこともあり、介護事業を担当することとなりました。事業黎明期から業界に携わっていますが、その中でも旅行、外出をあきらめる方々に何百人とお会いしてきました。旅行や外出をあきらめた結果、歩行機会が減少し、要介護状態がさらに悪化する事例もたくさん目にしてきました。
また、その当時のリハビリは痛い、つらいばかりで「嫌々するもの」と思われていました。リハビリの魅力的な目標として「旅行」を活用できないかと思いたち、2008年に起業。2010年3月から「旅行に行けるカラダをつくる!リハビリスタジオてぃーだデイサービスセンター」の名称で事業を開始しました。
〈運営コスト〉
起業当初は、貯金を切り崩し、さらに両親から借金をして、足りない分を銀行から借り入れました。現在は、介護保険により運営しています。旅行などの企画は、すべて利用者の自己負担によって参加していただいています。
今後も自立支援のノウハウをさらに向上し、要介護度の改善に寄与することで、介護保険事業者として存在意義を高めていきたいと考えています。
〈運営に必要な費用概算〉
50万円/月
〈運営資金の確保〉
自費、介護保険、利用者による自己負担
〈持続させるための仕組みや工夫など〉
現在、特にコロナウイルスの感染拡大による影響によるものが大きいですが、以下のようなことを悩んでいます。
①運営資金の捻出
コロナウイルス感染リスクにより、お年寄りがデイサービスの利用を自粛しています。そのため、本業の赤字状態が続いており、本事業の資金捻出が難しい状況となっています。旅行を目的としたリハビリテーションが、介護予防や認知症の症状改善につながると確信しており、力を入れたいテーマですが、そこに集中できないのがもどかしく感じます。
②コロナ禍の旅行方法
しばらくの間は、団体旅行の実施が難しいのではないかと予測されます。昨年の海外旅行は「タイ」「シンガポール」などを予定しており、集客も終わっていましたが、中止となってしまいました。
また、後述のように、団体旅行では、サポート人材の旅費を複数の利用者で負担するため、旅費がリーズナブルとなりますが、個人旅行だと1人の利用者が1人分のサポート人材の費用を負担しなくてはなりません。高い旅費が、旅行の阻害要因となっています。今後、いかに負担を小さくするかが課題となります。
〈うまくいっていること、やってよかったと思うこと〉
この10年間で20回以上の要介護高齢者のための団体旅行を実施してきました。コロナ前までは毎年、日帰り100人(バス2台)、温泉旅館50名(バス1台)、遠方25名を定員として実施してきましたが、抽選となるほどたくさんの方々に参加していただきました。
この旅行は、「リハビリの成果発表の場」として実施しています。旅行先では、「行けないと思っていたけど、行くことができた」と喜ぶ方がたくさんおられます。「人生最後の旅行だと思っていたけれど、また行きたくなった」という方も多くおられます。実際、当施設利用前まではリハビリの効果がまったくなかった方で、当施設を利用するようになって要介護度が低くなった(改善された)事例も多くあります。 また、外出機会をつくることで、認知症の症状が改善された事例も複数あります。
まだ「エビデンス」と呼べるまでに至っていませんが、実感としては「旅行」を目的としたリハビリテーションは、身体機能の改善、認知症の症状改善に効果があると確信しています。コロナ禍ではありますが、今後もこの取り組みを加速していきたいと考えています。
〈うまくいっていないこと、今、悩んでいること〉
介護施設で介護旅行を実施するうえで、課題は2つあります。
①旅費
旅行に行きたい方はたくさんいます。しかし、旅行にお連れするためには、サポートするスタッフの分まで旅費を負担していただく必要があります。1対1で介助すれば、2人分の旅費に加え、そのスタッフの人件費がかかることになります。とても高額です。この高い負担が、要介護者の旅行を阻害してきました。
当社では、それを「団体旅行」にすることで解決しました。具体的には、要介護高齢者の中にも、軽い方と重たい方がいらっしゃいます。重たい方の車いすを、軽い方の「役割」として押していただくようにすれば、少人数のスタッフで旅行を実施することができます。結果として、旅費はリーズナブルとなり、たくさんの方に参加していただけるようになりました。
また、旅行中、少人数で見守るためのノウハウを多数積み上げています。そのノウハウはマニュアル化され、社内勉強会などでも活用されています。
②認知症高齢者の見守り
参加者の中には、認知症を患っている方がたくさんいます。そうした方々に「集合場所」「集合時間」などをいくら伝えても、そのとおりに的確には動いてくださいません。また、昼夜逆転している方を宿泊旅行にお連れする際には、夜通し見守りが必要となります。
この点は、介護施設としてそのお年寄りの身体機能、認知機能を普段から観察し、行動予測することで克服しています。今では、認知症高齢者の旅行を実現するには、普段からその方を全方位的に見守っている介護施設の介護士なしでは実現しえないと考えています。
〈今後のビジョン〉
今後のビジョンとして、以下の4つを実現したいと考えています。
①「旅行」を目的としたリハビリテーションの効果の証明
魅力的な目標は、要介護高齢者、障害者のリハビリテーションの動機づけになります。旅行には「歩行」「食事」「排泄」「睡眠」などの動作が必要であり、普段の生活以上の身体機能が必要となります。旅行は、旅行好きなお年寄りにとっては魅力的な目標であり、リハビリ意欲をかきたてるものとなります。旅行を目標にすれば、生活機能の獲得につながると確信しています。
しかしそれらは「エビデンス」と言えるまでの状態にはなっていません。今後(事業費の捻出ができれば)エビデンスを獲得することを目指しています。
②旅行に必要な動作分析によるリハ効果の最大化
現在は、自社内のリハ職でリハビリテーションメニューを検討し、その方々に合った訓練を実施していますが、それをさらに昇華していきたいと考えています。具体的には(機会があれば)、大学などと連携してリハ効果の最大化を目指しています。
③個人旅行の積極的サポート
施設での団体旅行で自信がついた方は、次には個人旅行にチャレンジしたいと考える方もいます。個人旅行、家族旅行のサポート体制を強化し、夢、ニーズの実現を後押しします。
④ICT機器の活用
介護旅行で何より負担なのが、認知症の高齢者や重度要介護の高齢者の見守りです。認知症の高齢者の場合、ずっとつきっきりでサポートしなければならず、介助者はトイレに行く際にも、大型の福祉トイレにお年寄りも同室に入れて自分が用を足すこともあります。また、重度の方の場合には、夜間もつきっきりでないと見守りができません。いずれも介助者の負担はとても大きなものとなります。
認知症の方に着用してもらうGPS機や、宿泊先で夜間でも状態を把握できるセンサーなどがあれば、介護旅行はさらに身近になると考えます。
■事業名:旅行に行けるカラダをつくるリハビリデイサービス事業
■事業者名:株式会社エルダーテイメント・ジャパン
■取材協力者名:糠谷 和弘(株式会社エルダーテイメント・ジャパン代表取締役)
■事業所住所:〒261-0011 千葉県千葉市美浜区真砂5-2-3