〈コンセプト〉
医療や介護に関する地域住民のためのハブ機能と学びの場
〈特色〉
暮らしの保健室とは、病院に行くまでではないけれど、健康上の困りごとやお薬のこと、生活上の困りごと等の相談を地域住民が無料で受けられる場所です。また、皆さんが集うきっかけとして週2回のモーニングを実施しています。困りごとと言っても、どこに相談に行けばいいかわからない、誰に聞けばいいかわからないことも多いかと思います。暮らしの保健室を通して、困りごとについて一緒に考えたり、整理したりするお手伝いができればと思っています。
それ以外にも、学びの場としての機能も大切にしていて、毎月開催している保健室カフェにて、認知症や高血圧、人生会議など、暮らしにまつわる内容を学べる場としても活動しています。また、いなべ市は広く、医療アクセスの悪い山間地域もあるので、その地域のお寺を2カ所ほどお借りしてお寺カフェを開催し、そこでも認知症の話やフレイル予防の話等をしています。
さらに、保健室という場所で活動するだけでなく、地域のさまざまな資源を使って保健室の機能を展開していく活動を始めています。具体的には、郵便局で出張暮らしの保健室を開催しています。ただ医療者から話を聞いて終わるのではなく、医療者が暮らしの中に溶け込むことで住民さんたちと関係性をつくり、双方向で地域のことを考えていけたら良いなと思っています。
〈運営主体〉
「NPO法人スプリング」
運営母体は、NPO法人スプリングです。法人の活動の一つとして、いなべ市から委託を受けて暮らしの保健室を運営しています。
理学療法士である私以外に、作業療法士の資格をもつスタッフ、主任ケアマネジャーの3名で活動しています。スタッフの配置に職種の基準等があるわけではなく、集まってくれたメンバーがたまたまそういう職種でした。
〈運営コスト〉
いなべ暮らしの保健室は、いなべ市からNPO法人スプリングに支払われている委託費を基に活動しています。
〈うまくいっていること、やってよかったと思うこと〉
いろんなご縁で地域の皆さんと交流する中で、皆さんから学ぶことは本当に多く、生の声として地域のニーズを掴むことができるのは、ありがたいと思います。今後は地域のニーズに合った暮らしの保健室の活動を模索していきたいです。
また、暮らしの保健室のイベントに来てくださった地域の皆さんが、今では日常の居場所として暮らしの保健室に通ってくださっているのが嬉しいです。
〈人材育成の仕組み〉
いなべ市は4つの町で構成されています。現在は、いなべ市の1地区で活動しているのですが、残り3つの地区での展開も視野に入れていて、そうなってくると人材も新たに確保していかなければいけないと思っています。しかしそれだけでなく、他の地区では、廃校になった小学校跡で筆談カフェを運営されているコミュニティナースがいらっしゃったり、また他にも違った形で活動されている方たちがいらっしゃったりして、そういった方たちと組織の垣根を超えた連携をとっていくことで、いなべ市全体をカバーできる可能性もあると思っています。
暮らしの保健室は、全国に数多くありますが、暮らしの保健室のみを本業としているところは少なく、活動指針や目標などは自分たちで創りあげる必要があります。そのため、トライアンドエラーを繰り返す中で、メンバーとはたくさん対話の場をもつようにして、考え方や価値観のズレをすり合わせ、理解し合う機会を大切にしています。
〈これまでに苦労したことと、それをどのように乗り越えてきたか〉
地域の皆さんとの関係性をつくる中での失敗も多く経験しました。事業としてスタートする前のプレイベントを開催したときには、チラシを作成したり市の広報にも協力をしてもらったりしてスタートしましたが、最初のお客さんは0人でした。今思えば、スタートする前に区長さんや住民さん向けの説明会やワークショップを開催すればよかったと思います。
また暮らしの保健室の活動に賛同され、ボランティアとして協力してくださる方もいらっしゃいます。住民と共に活動していく中で、活動への想い、内容などをお互いに理解し合えず、行き違いが生じることも何度かありました。その辺りはしっかりと話し合って進めていかなければいけないと思いました。
〈うまくいっていないこと、今、悩んでいること〉
住民の皆さんへの周知が、まだまだだなと思います。健康づくりに関心がない皆さんへのアプローチはこれからの課題だと思っています。
また、暮らしの保健室が高齢者向けの活動だと思われているので、多世代が利用できる場だということを、周知できたら良いなと思っています。以前行った餅つき大会は、多世代が集まるイベントになったので、そういう機会を増やしていきたいと思います。
また、いなべ市役所に隣接する「にぎわいの森」という場所には、子ども連れの若い家族といった世代も多く訪れているため、保健室としてブース出店を行い、たくさんの子育て世代と交流できました。今後も、さまざまな場所で取り組んでいきたいと思います。
〈持続させるための仕組みや工夫など〉
保健室の機能としては、私たちが「何かをやってあげたい」と思って活動するのではなく、地域の皆さんが求めていることを一緒に実現していく活動が大切なのだと思っています。私たちとしては、いかに対話する場をつくって地域の声を拾い上げていけるか、その技術を高めていけるか、そして地域に出ていってもつい指導的な目線で物事を話しがちな私たち医療職が、そうならないように、いかにそのことについて言語化できるか、そういう点もポイントなのだと思っています。
また、地域住民と共に活動していく中で、お寺、郵便局、民生委員、自治会長など、地域のキーパーソンとつながることができました。そのような方々と連携することで、地域に根差した活動になればと思っています。
〈今後のビジョン〉
健康づくりという面で言えば、65歳から始めるのは遅いと思っていて、全世代の皆さんが当たり前に健康づくりを考える文化をつくっていきたいと思っています。そのための地域のハブになるために、まずは自分たちが地域にアウトリーチできるようにしていきたいと思います。また、地域にいらっしゃるいろいろな皆さんとのネットワークも広げつつ、行政とも連携して活動を進めていきたいと思っています。
■事業名:いなべ暮らしの保健室
■事業者名:NPO法人スプリング
■取材協力者名:水谷 祐哉(いなべ暮らしの保健室代表)
■事業所住所:〒511-0202三重県いなべ市員弁町楚原644-19
■取材・まとめ:世古口 正臣(特別養護老人ホーム勤務)
■取材時期:2020年12月