FILL THE WORLD with DEMENTIA-FRIENDLY COMMUNITIES
TOYOTA FOUNDATION RESEARCH PROJECT
FILL THE WORLD with DEMENTIA-FRIENDLY COMMUNITIES
TOYOTA FOUNDATION RESEARCH PROJECT
■ディスカッション 「認知症に着目して『地域共生社会』を再定義する」
超高齢社会を豊かで幸せな未来にするために
5つの政策提言をまとめる
参加者(研究員) 佐々木淳・医療法人社団悠翔会理事長・診療部長
丹野智文・おれんじドア実行委員会代表
前田隆行・特定非営利活動法人町田市つながりの開理事長
下河原忠道・株式会社シルバーウッド代表取締役
加藤忠相・株式会社あおいけあ代表取締役
市川衛・READYFOR株式会社 室長
胡朝榮・台北医学大学
蔡岡廷・永康奇美醫院
(事例報告者) 青山美千子・Community Nurse Company株式会社
浜野将行・一般社団法人えんがお代表理事
中林正太・Happy Care life株式会社代表取締役
陳柔謙・耆樂股份有限公司
役割の再建とリソースの活用に感動
市川 ここからはトヨタ財団の日台の研究員と、「日本における認知症と地域共生社会の先進モデル」を報告してくれた実践者で政策提言に向けたディスカッションを行います。テーマは「認知症に着目して『地域共生社会』を再定義する」で、①日台「先進事例」から学ぶこと、②「ごちゃまぜ」を阻むもの、③「景色のきれいな山登り」に向けて――の3つについて議論を行います。
最初のセッションで紹介した先進事例から学ぶことを参加者全員で共有した後、認知症の特性だけに着目するのではなく、年代や立場を超えてみんなで良い社会をつくろうとする「ごちゃまぜ」ができない背景には何があるのかについて考え、最後に浜野さんの話された「景色のきれいな山登り」、一番上にはすごくいい景色が待っているのだから、人生という山を登っていこう、とみんなが思えるようにするにはどんなことが必要かを話し合っていきたいと思います。
まず台湾の胡先生と蔡先生に、日本の3つの先進事例について注目した点など、ご意見をお聞かせください。
蔡 本当にすばらしい事例で、日本はかなり進んでいるという印象を受けました。台湾にも同じような取り組みはあるのですが、日台ではやり方にギャップがあると感じました。その一つがコンセプトです。
台湾では認知症あるいは高齢者の心身のケアを、その人の状態に合わせて分担して行うという仕組みになっています。この分散型の支援スタイルにはさまざまな問題があり、それをどう統合するかが課題です。例えば、病気という診断が下されるとその病気については「治しましょう」となりますが、病気が原因でさまざまな力が衰えても、それについては対応されない傾向があります。
新型コロナウイルスの感染拡大でも社会支援システムの分散による問題が露呈しました。今年5月の初めから台湾では新型コロナウイルスの感染者が急増しました。そうなるとその地域ではさまざまな検査を行うことになります。例えば、繁華街で感染者が発生すると、現役世代には検査等の支援があるのですが、仕事を引退した高齢者はどこで支援を受けて検査をすればいいかが欠落してしまいました。認知症でも同様のつながり不足の問題を抱えています。
もちろん台湾と日本では文化的な違いがあり、台湾にも良いところがあります。それはインフォーマルな部分で、台湾にはお互いに世話を焼き合うという風習があり、台湾人は、日本人よりも互いに助け合うというマインドを強くもっていると思います。
一方、台湾政府は政策に数値目標を設定して、その効果を検証していますが、1~2年という短期間で成果を求める傾向があります。なかには、社会的なつながりが欠けているために、目標を達成できないというケースもあります。政策の効果については、長期的な視野で検証する必要があると考えています。成果をすぐに求めがちなのは台湾の良くないところです。
日本の先進事例で非常に感動したのは、さまざまな役割をお年寄りにももってもらうようにしていることです。例えば、高齢の男性もかつては「息子」や「父親」、「夫」、「会社員」など、社会の中で何らかの役割を持っていました。それが、認知症になると自分の役割がわからなくなってしまいます。そうした人たちの役割を再建することはとても重要だと思いました。これは台湾の社会や政府にも広めていきたい。政策提言にあたって、このコンセプトを紹介したいと思いました。
一方で日本のさまざまなアイデアを台湾で実践するのは難しいとも感じました。例えば廃校となった学校の校舎をカフェテリアに変える取り組みがありましたが、用途の変更には面倒な手続きが必要になります。またデイサービスでのレストランの開設には衛生面の問題から審査を受けなければなりません。折角、新しいアイデアを共有できても、実施するとなると法律が壁になってしまう。このあたりについても政府がもっと柔軟に考えてくれたらと思います。
胡 日本の先進事例に感動しました。特に地域にあるリソースを活用していること、高齢者だけでなく家族や、さまざまな世代を巻き込んでいることは本当にすばらしいことです。
私は神経内科医として患者さんと家族の生活を診ている一方で、政府の政策制定にも参加しています。台湾政府では、2025年に向けて、777(トリプルセブン)という政策目標を出しています。7割の認知症患者は診療を受けて介護を受ける。7割の患者はサポートを受けられる。さらに7割の人は認知症に関する教育を受けられるという目標で、支援金も出ています。蔡先生が指摘された通り、毎年業績評価も行われています。
もっとも、台湾政府も考え方を少しずつ変えようとしていると感じます。例えば台湾台北市で政府は毎年フォーラムを主宰し、認知症の介護者たちからアイデアを募り、それを政策づくりに役に立たせています 今年3年目で、それら政策を実行することで認知症および、その介護者のニーズに今後も応えていきたいと思います。
現在、台湾では認知症介護に関して多くの問題を抱えています。台湾では認知症の人の9割は在宅で介護を受けていて、その3割は東南アジアなどの外国人のお手伝いさんを雇っています。認知症の人が自分の意思でコントロールできない行動をすると、お手伝いさんは非常に恐怖感を覚え、これをどう解決するかが課題です。
また独居の高齢者や老老介護も増えています。私の患者さんのなかには、軽度の認知症があるけど、重篤な認知症の家族の面倒をみないといけないというケースもあります。この老老介護も喫緊の問題となっています。
既存のプラットフォームを活用
市川 台湾から見た日本や台湾の良さや問題についてのご意見ありがとうございました。政策提言という意味では、「長期的な視点を持つこと」と「インフォーマルなサービスの重要性」が指摘されました。また、日本における廃校の転用やデイサービスでの食事提供など、柔軟性のある取り組みは、台湾からすると「うらやましい」という気づきもいただきました。次に加藤さんと下河原さんに日本と台湾の先進事例についてのご意見を伺いたいと思います。
加藤 台湾には何度も訪問して勉強させてもらっています。蔡先生が指摘されたように、台湾はもともともコミュニティが機能しているので、わざわざ日本の後追いをしなくてもいいと思っています。システマティックな制度をつくるより、当たり前に今のものが自然と続いていくような文化を大事にした方がいい。その中で、行われている持ち寄りランチやフレイル予防など、台湾における認知症と地域共生社会の先進モデルとして紹介された取り組みは興味深かったです。
日本の先進事例に関しては、中林さんの「味噌プロジェクト」は「500歳味噌の手作り味噌」など、取り組み内容はもちろん、ネーミングのセンスもすばらしい。雲南市の「編みテロ!」は非常にうまいと感じました。アメリカンキルトの発想ですね。みんなで少しずつつなげて1枚の絵にするという発想は、地域づくりをものすごくわかりやすく体現している事例です。浜野さんの地域サロンもそうですが、この3つの事例に共通しているのは、新しいプラットフォームをつくっておらず、すべて既存のプラットフォームを利用していることです。これがすばらしい。
従来、お金をかけて新しいものをつくって、そこに人を集めるということが「当たり前」として行われてきました。それで本当に地域の人が幸せになるのならいいけど、おそらく多くはそうならない取り組みをしている。それに対してアンチテーゼを投げかけると「こんなに一生懸命やっているのに」と批判されてしまう。
また、日本はどんどん新しいものをつくれるという状況ではありません。今までの当たり前をやめる方向が大事であり、空き家活用や廃校活用は本当に正しいと思います。すばらしい事例を見せてもらったというのが素直な感想です。
認知症のある人とない人を区別しない
下河原 私も台湾には何度も訪問させてもらいましたが、日本の介護保険制度の二の舞を踏んでほしくないと思いました。
要介護度で収益が数値化され、利用者が元気になっていくと収益が下がり、ビジネスモデルとして破綻してしまう。その結果、事業者はあまりがんばれないというジレンマに陥ってしまう。元気にするために一生懸命頑張ったのに、元気になると収益がさがり事業を続けられなくなる――。これは日本の介護事業者が抱える根本的な問題です。この状況を打破しようと奮闘する、福祉的なマインドをもった経営者もいて、もちろんそれもすばらしいことですが、それ以上に国民一人ひとりが少しずつでも福祉を理解して行動することが大切です。
3人の話を聞いて共通しているのは、認知症のある人やない人という区別を全然していないことです。そんな取り組みがこれから求められると思います。認知症のある人をどう支援するかという視点で考えると、どうしても「上から目線」になってしまいがちです。認知症の人たちのなかには「支援してほしくない」という人もいるでしょう。認知症の有無に関係ないところでやっているというのが印象的でした。
僕はビジネスをしているので中林さんの味噌づくりや農業について、注目して聞いていました。助成金などの税金をあてにするのではなく、民間の力で継続性を担保させようと、ビジネスモデルを考えて、そこに参加してもらう事業を作ろうという姿勢がものすごく先進的で、僕もそこを目指していきたいと思っています。
浜野さんの学生がかかわる取り組みも非常にセンスを感じます。このようなスモールビジネスが各地で広がっていくのが大事だと考えます。また、雲南市の「みんなの家」には近いうちに遊びに行きたいと思っています。
重度の認知症と診断直後の人の違いを知ってほしい
市川 ビジネスとして成立させることで、持続可能性を担保していくのは本当に大事なことです。続いて「ごちゃまぜを阻むもの」に議論を進めたいと思います。先ほどの話にもありましたが、認知症への対策を考えるとどうしても上から目線になり、分断を生んでしまうことがあります。この課題解決には、地域の人たちで良い社会づくりに取り組む「ごちゃまぜ」が有用ですが、なかなか広まらない。丹野さんはどういうご意見を持っていますか。
丹野 皆さんの考え方とは少し違うかもしれませんが、3つの先進事例を聞いて、これらはおそらく物忘れが多い高齢者と、地域をつなげるための取り組みだなという印象を受けました。認知症と診断された当事者のなかには、1人で出かけるのも財布をもつのも禁止されている人がかなりの数います。同じもの忘れがあっても、病名がついただけで、「一人で出かけられない」「財布も持たせてもらえない」となってしまうのです。このような状況が変わらないと、「ごちゃまぜ」など上手くいきません。例えば、本人が味噌づくりに参加したくても1人では出かけられない。あるいは本人が行きたくなくても家族に無理やり連れていかれるケースも出てくるでしょう。
認知症のおばあちゃんの場合、化粧もさせてもらえないことも珍しくありません。化粧もせずに人前に出るのは嫌だと言っても、人とかかわるほうがいいと無理やり連れだされる。当然、そのおばあちゃんは怒りますが、そうなると「BPSDだ」「大変な人だ」とされてしまう。まず、こうした悪循環があることをみんなに知ってほしい。3つの事例は本当にいいことをやっていると思うけど、その前に本当の認知症と診断された人の気持ちを理解してもらいたい。
また、何をするにしても本人が自分で決めることが大切だと思います。そのため、できれば認知症と診断された当事者と一緒に作り上げていってほしい。認知症の当事者は周りの人たちから、「自分で決められない」「決められたことしかできない」と思われているのが現状です。
私は「おれんじドア-ご本人のためのもの忘れ総合相談窓口-」の活動を通じて、多くの当事者と話しをし、本当に当事者が活躍できる場について考えてきました。その1つとして、病院内で診察や診断された不安な当事者と、すぐに隣の部屋で元気な当事者が出会う仕組みをつくりました。話し合うと本当に本人も家族も変わります。地域サロンなどでのレクレーションも重要だと思いますが、そこは本当に本人が行きたい場所なのかをもう一度、確認する必要があります。そのほか、私は当事者の勉強会をやったり、話し合いの場をつくったりしています、40代から80代まで参加者はみんな、レクレーションよりもしゃべる場の方が楽しいと言っていますよ。
それくらい認知症の人は安心してしゃべる場がないのです。家族と一緒だと家族にいちいち文句を言われてしゃべることも奪われてしまう。そんな場に行きたいと思うはずがありません。安心してしゃべれる場をもっと増やしていけたらいいのかなと。
こうした重度の人と診断直後の人を一緒にしていることが、ごちゃまぜを阻んでいるのではないでしょうか。その診断直後の周りの人のかかわりによって、結局支援する人とされる人の関係性、自分で決められない環境がつくられています。このことが、ごちゃまぜを阻んでいると思っていました。
「認知症だから」とされない環境づくりが必要
市川 丹野さんの意見を先進事例の実践者たちはどのように受け止めましたか。
中林 その通りだと思います。確かに私たちの場合、認知症と診断されたばかりの方の支援は全くできないという状況です。ただ、味噌プロジェクトでは、その売上を地域住民に還元することで、「認知症だから何もできない人」という価値観を「地域に貢献できる人」に転換しようと取り組んでいます。
浜野 丹野さんの意見はすごく参考になります。地域サロンなどの場には、ケアマネジャーさんが近所の認知症の方を連れてきてくれたりします。そこから一緒にお茶を飲み始めると、普通のおじいちゃん、おばあちゃんと変わりません。「認知症だから」とされない環境づくりはもっと必要だと感じます。コーディネーターの立場になると、専門的なサポートをどうするかと考えてしまいますが、丹野さんがおっしゃった、「選択肢があって本人に決めてもらう」ことがこれから大事になると改めて思いました。
青山 コミュニティナースとして実践をさせてもらうときに大切にしているのが、おせっかいをやく相手がどう感じておられるか、どう思われているかです。丹野さんのお話を聞いていて、雲南市の地域おせっかい会議で、神経難病との診断を受けたスナックのママさんのことを思い出しました。その方は「人の役に立ちたい」「自分の周りにいてくれる人に楽しんでもらいたい」「スナックのママであり続けたい」と話されていました。地域おせっかい会議では、そのような声を応援するために、スナックのママとしてのお客様への食べ物の調達や、お店のスタッフとして協力してくれる方の発掘とネットワーク化を行いました。今でも笑顔でお店に立たれています。ぜひ、皆様に一度、おせっかい会議を見に来ていただきたいと思います。
市川 「ごちゃまぜ」が進まない要因について前田さんはどう思われますか。
前田 今の社会は「認知症だからできない」という負のイメージに凝り固まっていて、その状態像だけが浮かび上がっています。この意識を薄めていくことが大事で、それには「認知症は怖いものでもないし、何もできなくなるものでもない」と社会に広く知ってもらう必要があります。
例えば、先ほどから出ている味噌プロジェクトの話ですが、認知症であってもそうでなくてもこんなにおいしい味噌がつくれる。また、子どもたちの多くは「味噌はお店で買うもの」というイメージをもっていますが、味噌づくり体験会などで関わることでそのつくり方を知る。子どもが高齢者から学ぶことはたくさんあります。認知症の有無は関係なく、高齢者は技や味の伝授という役割を担えます。そうした場所が地域の拠点になって、認知症に対する間違った知識を払拭していく。認知症があってもなくても生きやすい社会は台湾のような互いにフレンドリーな社会のようなところに行くときっといい。「ごちゃまぜはいいね」と言っても急には広がりません。やはり一つひとつの積み重ねが大事です。ただし、そうした取り組みが同時多発的に日本の各地でスタートしで広がっていくというふうに思っています。
外国籍の介護者が活躍できるサポートの必要性
市川 台湾の陳さんに次のような質問が寄せられています。
「台湾では外国籍の方が在宅介護や認知症ケアを担われているとのことですが、台湾における外国籍の方との共生は日本の学びになると思います。外国籍の介護の方を含めたコミュニティの事例や今後の展望などを教えてください」。
新型コロナの影響で進んでいませんが、政府は日本でも外国籍の方を介護の労働力として迎え入れていく方針です。折角、来てくれた方々がうまく社会になじめないのではないか。地域社会のなかで排除されるのではないかとの心配もあります。政策提言という意味では重要な視点と考えます。陳さん、いかがでしょうか。
陳 台湾では約30年前から外国籍の労働者の方々が特別な職種に就いていますが、高齢者の中には、外国籍の方にあまり良いイメージを持っていない人もいます。一方、精神的に不安定な高齢者とどう接していいかわからないという外国籍の方は少なくありません。そのため、介護の現場では互いに感情的にさまざまな反応が出てしまうこともありました。異なる民族や国籍の人たちが共生するには、やはり教育が必要です。台湾の人たちには、「外国籍の方々は台湾のために仕事をしてくれていて、自分たちは助けてもらっている」と理解してもらい、外国籍の方々には「認知症の症状をはじめ、認知症のある人や家族との接し方」を学んでもらうことが大切です。
そのための活動として、認知症の人とのかかわり方や介護のテクニックなどの知識を、直接外国籍の方々に教えています。インドネシア語やタイ語の資料も用意しています。さらに外国籍の方々に介護日誌のようなものをつけてもらって、介護をするうえで難しいことや気づいたことがあれば、そこに記してもらう。その日誌のやり取りを通じて、介護の質を高めるとともに、お互いの交流も図っています。
制度の壁を壊して「ごちゃまぜ」を推進する
市川 このシンポジウムの目的の一つに政策提言があります。それも含めて「景色のきれいな山登り」となるには、どのようなことが大事になるかについて話をしていきたいと思います。これからの社会を作っていく最前線にいる3人の実践者が現場でさまざまな実践を行う中で、「この部分がもう少し変わればいい」と感じていることが、そのまま政策提言につながるように思います。
青山 コミュニティナースとしての活動を地域で続けさせていただいてきて思うのは、私個人ではなくメンバー全員の言葉でもありますが、今までになかった新しい取り組みを理解してもらうのが難しいということです。理解は目的ではないと思いますが、理解が追いつかないことで、協力が得られにくい、活動が推進しにくいという雰囲気のような壁を感じることがあります。例えば、類似の活動がすでにある場合、取り組みの違いの説明を求められるといったことがあります。
また、元気なうちからそこに存在していくということの価値は、ニーズとしては潜在化しているケースも多く、「まだ元気だから」「介護にはまだ早い」と解釈されることもあります。政策提言ではありませんが、そういった今までにとらわれないこれからの日常をつくり出していくためには、ビジョンを共有し、共感を引き出しながら対話を続けていくことが大切だと感じています。
市川 「ナース」というと病気を治してくれる人というイメージを持たれがちですが、地域をつなぐという役割に対する理解がもっと進めば、行政や地域住民の側から、こんなことに活用していこうという声が挙がるようになるのかもしれません。浜野さんはどのようにお考えですか。
浜野 やはり「ごちゃまぜ」を進めていくことが必要であり、これについての提言としては2つあります。1つはモデルがあることです。
私は下河原さんの「銀木犀」や加藤さんの「あおいケア」を見て、自分たちもこんな景色をつくりたいと思いました。地域ごとに特色は違い、そのまま真似はできないけど、先進モデルがあると、「頑張れば実現可能だ」と自信にもなります。先進モデルを広めていくことは、すごく大事なことだと思っています。
先進モデルに関していうと、ビジネスとして成り立っていることも重要です。私たちの法人はまだまだ小規模ですが、収支をすべて公開して、補助金だけに頼らず黒字化を実現していることを学生に伝えています。
もう一つは制度の壁を壊すことです。私たちの場合、新たに障害者事業や児童を対象とした事業を始めようとする時に。制度の勉強をし直したり、許可を取り直したりすることに非常に苦労しました。「ごちゃまぜ」を進めていくうえで、これは結構高いハードルになります。高齢者事業と障害者事業、児童を対象とする事業に関する制度が一本化されていると、横断的な事業を始めやすいと思いました。
市川 ごちゃまぜなことをしようにも、それぞれの制度の壁が高いとなかなか前に進めない。こうした状況は絶対変えないといけません。中林さんはいかがでしょうか。
中林 私も浜野さんと同様、介護福祉と連携しながらさまざまな事業を展開するうえで、相当制度の壁に悩まされています。例えば、農業を始めるにあたって、農地法は本当に古い制度であり現実社会と適合しない部分もでています。空き家の活用も同様の壁があります。どんな仕組みがあれば、制度が変われば挑戦しやすくなるのか。今後やっていくしかないと感じています。
あとは学校教育です。介護福祉や医療に関する専門教育をする学校では、資格をとるための教育ばかりで、「介護って何だろう」「地域づくりとは何か」など柔軟に視野を広げる教育は欠けています。こうした教育をやっていく必要があると感じます。
胡 日本の若い人たちの話は大変すばらしく尊敬します。東南アジアの平均年収が上がってきたため、台湾では外国籍の介護職の確保は難しくなりつつあります。そこで台湾では政策として、若い人たちに介護の仕事をするよう奨励しています。台湾国内における富の保有者の大半は高齢者であり、若い人たちに、ICTの技術を含めて新しいアイデアでサービスを提供し、高齢者からお金をもらうよう奨励しているのです。若い人たちにはぜひヘルスケア産業で力を出してほしいと思っています。
丹野 制度や経営、建物などのハード面については皆さんすごく考えられていますが、人とどう接するかももっと大切にしないといけないと思います。私が仮に家族と一緒に、皆さんのような支援者と出会うと、最初に皆さんは家族に挨拶をされます。名刺を渡すのも冊子を渡すのも説明するのも家族です。これでは人間関係はできません。政策提言となるとどうしてもハード面がピックアップされやすいけど、人と人とのつながる関係性を地域で作っていかなければ、どんな取り組みも上手くいくと思います。
周囲を巻き込むポイントは、参加者のメリットを上手くつくること
市川 政策提言をまとめる前に、参加者からの質問にいくつか答えたいと思います。「味噌などの製品の売り上げを製造に携わった利用者に還元して、その人たちに地域で買い物をしてもらうことで、施設内だけで終わらせず、さらに地域の人たちへの広報にもなるのではないでしょうか」との意見が寄せられています。中林さん、いかがでしょうか。
中林 結局、それぞれの考え方や価値観によると思います。私は直接還元すると狭い取り組みになると思って、あえて地域の人たちの居場所づくりに使うという選択をしました。
市川 浜野さんに対して、「自然と多世代交流ができる仕掛けをつくられていますが、学生をどのように集めているのでしょうか」という質問をいただいています。お答えいただけますか。
浜野 学生を集める方法はいくつかあります。1つはSNSで楽しそうな景色を発信することです。「こんな感じでおじいちゃんやおばあちゃんと一緒に空き家の改修をやっているよ」「みんなで漆喰塗りしよう」など、楽しそうな景色を発信しています。そのときに大事なのは、参加の余白をつくることで、SNSではいろんな人が参加しやすい空気感も伝えています。
学生を集めるにあたって、本質的には参加者の満足度を高めることに尽きると思っています。「すごく楽しかった」「すごい経験をできた」「おじいちゃんやおばあちゃんが喜んでくれてうれしかった」という経験をした学生たちは、その体験をインスタグラムに上げてくれたりします。そうすると、それを見たその友人も参加してくれるようになります。そのため、参加してくれた人が満足するようなことを心がけています。
市川 浜野さんに対してはもう1つあります。比較的若くて人口が多い自治体でもそうした取り組みは活用できると思いますか。
浜野 活用できると思います。現に私たちが行っている高齢者向けの生活支援事業は色んな地域で始まっています。もちろん、そっくりそのまま別の地域でできるかというと上手くいかないかもしれません。他で上手くいっている事例については、どうやれば自分の地域でできるかを追求していくことが大切です。
若者を巻き込むという取り組みについては、「近隣に大学があるから」と言われますが、実際には高校生の占める割合が多いので、参加する人たちのメリットを上手くつくることができればどこでもできると思います。たとえば、私たちの場合、若者にとってのメリットはコンセントとWi-Fiがある勉強場所で、そこに行くとたまたま高齢者とも仲良くなれるという文脈があります。私たちの行っている生活支援事業と若者を巻き込むという取り組みは比較的横展開しやすいと思います。
市川 SNSによる発信や若者を巻き込むという取り組みは、あおいケアや銀木犀がその“走り”かもしれませんが、「わくわくできる」部分へのこだわりなどは横展開可能と感じました。胡先生に対して「日本の認知症大綱では、認知症になる人の割合に対する削減目標が掲げられましたが、『認知症になる人はよくないことだ』というスティグマにつながってしまうという議論もありました。台湾ではこのような問題は起きていませんか」という質問がきています。いかがでしょうか。
胡 認知症に対してレッテルを貼ってしまう問題は、残念ながら台湾においてもあります。例えば、台湾の新北市ではあるコミュニティを認知症の方々の拠点として使ったところ、周辺の住民からは好まれなかったということがありました。認知症の拠点があると周辺の土地の価値が下がる、経済的な活動に影響するといった声があったのです。認知症に対する理解を深めてもらうための啓発活動が重要だと考えています。これについて台湾ではまだまだ十分とはいえません。
5つの政策提言をまとめる
佐々木 最後に今回の議論をまとめたものを皆さんと共有したいと思います。地域共生社会を目指すプロセスは浜野さんの言葉を借りると、まさに「景色のきれいな山登り」を楽しむということだと思います。私たちは超高齢社会が「暗くて暗澹たる辛い未来」だと思わざるを得ないような発信に日々接していますが、どうすれば「超高齢社会を豊かで幸せな未来にできるのか」と、発想を変えていくことが大事だと思います。
認知症は誰にとっても他人ごとではない、すべての人の将来の姿であり、そして認知症は医療介護サービスだけでは支えられません。青山さんの指摘する「認知症でも主体者として生活が継続できることが重要になる」ということです。
果たしてそのようなことができるのか。私たちは4つの先進事例から「できる」ということを学びました。
市川さんが「ごちゃまぜ」というキーワードでまとめてくれましたが、認知症の人だとか、高齢者だとか、そういうことではなく、みんなが楽しく地域で幸せに暮らし続けるための仕組みが必要だということです。そしてその仕組みを地域の中で維持していくためには2つの持続可能性が必要になります。
1つ目は運営面の持続可能性です。自治体は「何かやろう」と思うと、よくお金をかけて箱物を作りますが、人が集まるのは一瞬だけで長続きはしません。そうではなく、その事業が自然に成長・拡大していくような「場」を基軸に、地域に「つながり」が広がっていき、それが結果として「居場所」や「役割」「生きがい」を生むのだと思います。
浜野さんの言葉を借りると「参加者自身が楽しめる」ことがすごく大事だと思います。すべての取り組みを見た限り、本当にネーミングからデザインまでわくわくするようなものが多く、空間についても古い建物も新しい建物もありましたが、参加したくなる枠組みがあることが大事なのだと思います。
2つ目は経営面の持続可能性です。もちろん医療介護事業は公的資金に依存していますが、私たちの生活のすべてを公的資金で守ることができません。どうすれば、そこに公的資金のみに依存しない、持続可能性のあるビジネスモデルとしての側面を取り込めるかも重要だと感じました。
加藤さんと下河原さんという優れた実践者であり、経営者でもある2人がまとめてくれた先進事例の共通のポイントは次の6つに集約されると思います。
【先進事例に共通のポイント】
・本来あるべきコミュニティの支え合いの機能を補完するもの
・新しいプラットフォームをつくろうとせず、既存のものを活用している
・いまある当たり前にこだわらず、「人の幸せ」になるものをつくっている
・先進事例では、認知症の有無が関係ない形で事業が行われている
・公的資金だけに依存しない持続可能性のあるビジネスモデル
・専門職や経営者以外の地域住民が、福祉とは何かを理解することが大切
これらの議論を踏まえて今回は暫定的に政策提言を5つにまとめました。
1つ目は「まずは認知症の人が主体者として選択できる環境や権利の確保を」です。そのためには、社会、特に住民、専門職、そして当事者自身の認識を変えていくためのより強力な取り組みが必要です。
2つ目は中林さんと浜野さんも指摘していましたが、「年代や対象で異なる縦割り制度の壁を低く、その制度改正に専門職/当事者も関われるように」していく必要があります。
3つ目は「事業者は公的資金・補助金だけに依存せず、事業としての自立性に対する責任を持つ」です。そのために持続可能な福祉事業モデルの構築、情報発信と参入促進と、資金調達という具体的な方法の確保が必要でしょう。
4つ目は「ハードを新設する議論にとどまらず、既存のプラットフォームの活用・人と人との関係性を基盤に」するべきであるということです。
5つ目は「短期的にアウトカムが可視化できないことを前提とした政策目標・支援目標の設定を」です。これは蔡先生からのコメントにあったことです。
こちらでディスカッションは終了させていただきます。4人の先進事例の実践者はアラサーです。日本は年功序列の社会であり、これまで年長者の方々が社会の形をつくってきました。ただ、認知症と地域共生社会については形づくるのに長い年月がかかります。それが完成したころ、支えられる側にいるのは私たち自身かもしれません。若いからではなく、若いからこそ、この領域でより積極的に情報を発信していくべきですし、そうした方々をしっかりと支えていきたいと思っています。
© 2019